こんなんどうですやろ?!

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早朝に起きてAmazonを徘徊していたら“タイムセール”でこんなのが売っていたので、指が勝手に動いてポチっていた。

どのくらい使えるのか判らないが、どうも小さな工具を見ると欲しくなる。

それが今日届いたので、早速iPhoneのライトニング端子横にある小さなトルクスT0.8を使ってみたら舐めること無くちゃんと使えたのには驚いた。

そりゃあ使えて当然なのだろうが、なにせ価格はAmazonでこんな価格で売っていたので半信半疑だったからお得感満載である。


飛鳥小学校同窓会の写真を新しいWordPressに掲載

5月19日(日曜日)に菊水楼で開催された“飛鳥小学校学年同窓会”の写真を、このBrOSのGeekな部屋ではなく、新しくMySQLデーターベースをインストールして新規のサブドメインに写真ギャラリーを構築した。

BrOS Gallery

これがタイトルだ。

写真は飛鳥小学校同窓生だけが見ることが出来るようにパスワード制御しているので、一般の方は見ることが出来ないようにしてある。

流石である。(なんちゃって)


お見舞い

14時、西大寺に住んでいる家内の兄が見舞いに来てくれた。

私がガレージライフを楽しんでいた時だ。

元氣過ぎて病人らしく無いのが今の私である。

義兄は長い間ガラケー一筋。

子供はAndroid、その嫁さんもAndroid。

普通に行けばAndroidになるはずだったが、私の伝道布教活動の賜物か、iPhoneユーザーになってくれた。

ヤッタネ!

※義兄の顔を見てるとマツダのレーシングドライバー 片山義美に似てる。


飛べない豚はただの豚

大安寺町にある耳鼻咽喉科に行ってきた。治療に行ったのでは無い。

2013年7月19日から今まで6年近く週2回通院しながら、副鼻腔炎の治療をしてもらいに行ってた事がほとんど役に立たなかったことを告げに行ってきた。

病院の看板には耳鼻咽喉科、アレルギー科と書かれているが、私のアレルギーを見抜けなかったのは残念なことである。

2013年10月28日
天理よろず相談所で鼻茸(ポリープ)の手術を(執刀医は濱口晴海先生)受けたとき以来、副鼻腔に膿が溜まって副鼻腔炎になり、その後に喘息になった経緯がある。

【この医師、通院してる時に担当している患者に連絡もなく他の先生に変わったりと信頼のおけない医師だったのが残念だった。】

6年近く通って鼻の通りが良くなるどころかますます悪くなり、膿鼻は出るし腹鼻腔炎が改善するどころか悪化したのである。

やはり広い知識と見識だけでなく誤ちを認める懐の深さが医者には必要だと思っている。

専門医と言う立場であればその部分に特化した事は理解されるだろうが、私のような難病を発見する知識は無いのでは?
そのため間違った治療を続けお金を浪費し結局は治らないと言う悪循環に陥っていたんだ。

私は相手が医者であろうとも忖度はしない。

ありのままを伝え自分の思いもそのまま伝えてきた。

さぁ、これで漸く“胸の痞え”が降りた。

“飛べない豚はただの豚”である。


19日間入院生活

いろいろ考えることが出来た入院生活だった。

5月4日(土曜日)の夜18時に市立奈良病院の救急外来を訪れて、医長から緊急入院を告げられてから19日が経った。最初の5日間は呼吸も苦しく熱も引かず咳も痰も止まらず、食事も取ることが出来なかったことを思えば、退院出来た昨日はまるで壊れた身体を別の新しい身体に移し替えたような感じがするほど快適になった。

入院して5日まではもう死ぬかと思うような苦しさ。実際に死を迎えていたかもしれない。数年前から鼻茸(ポリープ)を天理よろづ相談所で摘出後、副鼻腔炎になり、喘息になり、今年初頭の1月末には気管支炎に掛かった。やはり熱が続いて咳も多発。そして4月に入ってからはそれらが更に酷くなり、4月25日には好酸球値が異常に高くなった。

その翌日の26日にはインフルエンザA型に感染していたようで、そこでトドメを刺された。世間では5月の10連休と騒いでいたが、私は寝たきりになった。

歩くこともままならず、市立奈良病院の機構が連休明けで動き出す7日を待てずに4日の午後17時45分に救急外来を訪れたのだった。

そこで出会った先生が総合内科の山口恭一医長。この方が私の病が副鼻腔炎でも喘息でも蕁麻疹でも無い特殊な難病だと見抜いてくれたのである。

好酸球性多発血管炎性肉芽腫症指定難病45
2012年まではアレルギー性肉芽腫性血管炎と言われてた特殊な難病らしい。
寄りにも寄ってこんな珍しい病だったとは誰も気づかないわけだ。

好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(指定難病45
2012年まではアレルギー性肉芽腫性血管炎と言われてた特殊な難病らしい。
寄りにも寄ってこんな珍しい病だったとは誰も気づかないわけだ。

日本の人口は約1,268億。この病の人数は約1,800人。
7/1,000,000人の確率である。(百万人に七人)

発病の機構:不明(アレルギー機序が示唆される)
効果的な治療法:未確立
長期の療養:必要(寛解・再燃を繰り返し慢性の経過をとる)

但し、救いは1度〜5度まである<重症度分類>で、私は1度か2度の軽症に分類されているのが救いである。(これからどうなるかはまるで判らない)

退院してきた今は鼻詰まりはほとんど無くなり、嗅覚が戻り、味覚も取り戻してとても快適状態になっている。更に長年苦しめられた咳と痰と後鼻漏と膿鼻と発熱も無くなった。そんな快適な状態なので、これからは充分以上に用心して生活をしなくちゃならないだろう。


記念撮影の風景(菊水楼)

5月19日(日曜日)

53年ぶりに開催した飛鳥小学校学年同窓会の会場でのひとコマ。

撮影やスライドショーは私の担当で、全員の記念写真を菊水楼南側の庭で撮影する前に、全員に向かって“ああしてこうして…”と撮影の心構えと笑顔のお願いを全身使って説明している私の姿が面白かったようで、撮影してくれた。

ガラス越しに写っている阪田君が笑顔で撮影してくれている!
笑顔を見てるだけでみんなとっても楽しそう。


今なにしてる?Vol.15

他の病院は知らないが、市立奈良病院の病室で、一人部屋と複数人が入る部屋とは設備にこれだけの違いがあった。

まず大きな違いは一人当たりの部屋の広さ。
ベッドをツインで並べられるだけの広さがある。

次に洗面台とトイレ。

四人部屋には1カ所だけ洗面台があるが一人部屋には専用の洗面台と車いすのまま入ることが出来る広さのトイレがある。

四人部屋には部屋の中にトイレはなく、部屋の外に共同のトイレがある。 ベッドとベッドの間はカーテンで仕切られ、ヒソヒソ声で話をしても隣に声が漏れ聞こえてしまう。

そして複数人部屋の収納設備は小さな金庫サイズの冷蔵庫と引き出しとが一体化された液晶テレビ台がある。

複数人部屋のテレビと冷蔵庫は病院で販売されているプリペイドカードが無いと使えないのだ。

それに対して一人部屋は大きめの冷蔵庫と液晶テレビをアームに取り付けたワゴン台と収納スペースが付いている。

液晶テレビと冷蔵庫は普通の家庭とほぼ同じで、プリペイドカードのスロットが無く、普通の液晶TVと小型冷蔵庫である。

そしてなんといっても一人部屋には小さめではあるが応接用のチェア2脚と小さなテーブルまでついていることだ。

病院の消灯時間は21時で、複数人が入っている部屋では看護師さんが回って電気を夜間用の照明だけにしていくが、1人部屋では消灯時間はないと言ってもいい。

最後に、私にはこれは必須条件だった事で、一人部屋だとインターネットコネクタが壁面に付いていて、有線ではあるがRJ-45コネクターの付いたケーブルを差しこんでパソコンと繋げばインターネット接続が可能である。
(私は有線コネクタにWi-Fiルーターを取り付けて無線で使っている)

もともとわがままで自分の世界が必要な私にとって一人部屋だとメンタルも安定し、病気の治りも早いと言うことである。


今なにしてる?Vol.14

今日も楽しいリハビリテーションが終わって部屋に戻ってシャツを着替えてアクエリアスを飲んでいたら来客が。
ホンダの営業の学史君だった。
学史君は彼が小学生の頃から私はよく知っていて、友人というか歳の離れた兄弟のようなお付き合いをさせてもらっている素敵な男である。

「何が欲しいですか?」と聞かれたので「プリン🍮!」と答えたので、私の大好きなプリンを持ってきてくれた。
早速、2人でそれをいただくことにした。

プリンを食べながらセキュリティーカメラやインターネットカメラの話をしていたときに再び来客があった。

ホンダの学史君とネットワークカメラの話しを熱く語っていた時に、新しい来客があった。
何と!特殊ガラスを製造されている会社【株式会社 阪口文化堂】の社長の阪口敏也さんが来てくださった。
もちろん彼は私の楽しい仲間の一人である…

学史君と阪口さんのふたりとも似たような年齢なのですよ。と伝えたら、阪口社長の同級生でホンダに勤めている方が学史君の同僚だと分かった。

世の中狭いものである。 2人も来客があれば私がじっと黙っているわけは無い。
いつものように歴史の話から戦争の話、ウィンドウズやiPhoneの話やAppleの話を熱く語りだしたのは言うまでもない。

入院してても相変わらず厄介なおっさんである。


今なにしてる?Vol.13

夕焼けに映える興福寺と奈良ホテルと東大寺大仏殿の屋根

これは20日の夕暮れ、市立奈良病院の北側の窓から見えたきれいな夕焼け。

残月(有明の月とも言う)

そしてこれは21日の日の出のときに南西の空に浮かぶ月齢16.9の月の写真。

The remaining moon left in the southwest sky even if the morning sun comes out. It is also called Ariake’s moon.
朝日が出ても南西の空に残る残月。有明の月とも言う。


今なにしてる?Vol.12

昼の食事が終わって薬を飲んでいた時に病室のドアをノックする音が聞こえた。
なんとなんと!ミッちゃんがやってきてくれたのだ。

小・中・高校と一緒の学校に進学した仲良しの幼馴染のミッちゃん


昨日の同窓会では同じテーブルに座り写真を撮ったりしていた小学校・中学校・高校と一緒で仲良しだったミッちゃんである。
話の内容は昨日の同窓会の話題でもちきり。


それと私の体調の話。
そしてミッちゃんのお仕事の話だった。


13時20分にリハビリの予定が入っているので彼女と一緒にエレベーターで途中まで降りて私はリハビリテーションルームに向かった。


今日も楽しいリハビリテーションの午後である。