【左利きの悲哀】

株式会社 庄三郎 総左利型 240mm

世の中のツールは全て右利き用に出来ている。

ハサミも片刃の肥後守も銃の安全装置もドラフターも巻尺の目盛も自動改札も非対称のマウスもベルトサンダーもイラッとさせるためにこうなってるのかと思うほど。

ここからは今から40年以上前の話である。

大学を卒業して勤めたパッケージ印刷の会社で、その会社の製版部に配属された私はフィルムを切るハサミを支給された。

当時はまだコンピュータを使ったデジタルで処理する印刷ではなく、製版カメラという化け物のような横型カメラでケント紙に烏口やロットリングを使って描いたものを製版カメラで撮影して、製版フィルムに焼き付けるのが当たり前だったアナログ時代だ。

版下に貼る文字も写植と言い、印画紙に文字をプリントされたモノをハサミやカッターナイフで切ってケント紙に貼り付けたものを版下と読んでいた。

そのハサミが曲者で、支給されたのはもちろん右利き用の裁ち鋏

左利きだが、器用な私は右利き用の鋏をブツクサ言いながらも使っていたが、それでも左手でハサミを持つと刃と刃の重なるところが見えないのだ。

右利きなら刃が重なるところは左刃が下で右の刃は上になるから何も問題はない。

そのことをぼやいていたら右利きの男が「そんなのは器用ならなんとでもなるやろ。」と抜かした。

そいつは課長である。

しばらくそれで過ごしたがどうにも作業性が悪いので、総務に「カクカクシカジカで…」と新入社員の分際で稟議を書いて左利き用の裁ち鋏を購入してもらうことにした。

本来は入社して2年も経たないペーペーが稟議書は書けない決まりなのだが、そこは頭の切れる私である。

ある日の事、私のテーブルに置いておいたその“左利き用の裁ち鋏”を『器用なら使えるやろ』と抜かした課長が手に持ってフィルムを切ろうとした時に、フィルムがクシャッとおかしな切れ方になったのをみて、「なんやこの鋏は⁉️」と喚いていたから『器用な課長なら使えるでしょう。』と言ってやった時の奴の顔は忘れられない。

1989年の秋、その会社を辞める時に、「このハサミは会社の備品やから普通は持って帰ることができないけど左利きの鋏なんか目の前にあったら気分悪いからお前持って行け。」と言われて退職記念に持ち帰ったのがこの鋏である。