オレはADHDか

シェラトンから見たロイアルハワイアンホテルの上に掛かった虹

小学生の頃、授業中に窓の外を飛ぶ飛行機を見ていて先生に頭をゴツンと殴られた

「福井、お前、授業と飛行機のどちらが大事や?」と聞かれた。

僕は「飛行機!」と答えたらまた殴られた。

どっちが大事やと聞かれたから正直に答えただけなのに。

35歳から勤めた会社はIBMの総代理店で社員全員がIBMの研修を受ける。

私も例外では無く大阪市のIBMで1ヶ月研修を受けたが、休息時間になると講師の人にAppleのMacintoshが如何に優れているのかを熱を込めて話していた。

半年ぐらいしてからキヤノン販売とAppleの販売契約をしてきた。Apple Macintoshに関する知識を持っていたのは私だけで、販売するのは私ひとりである。

途中からは販売に協力してくれる人や私をフォローしてくれる仲間も増えた。

その会社に勤めていた8年余りの間にApple Computerは何台も売った。

しかしIBM関連のものはフロッピーディスク(IBMではディスケットと言うらしい)すら売ったことがなかった。

好きなことは徹底してのめり込むが、嫌いなことは上司に言われても決してやらなかった。(厄介な会社員だ)

ある時、事業部長から「IBMの研修旅行に行ってこい。楽しいぞ。」と言われたが行かなかった。

Apple Computerを販売していたものはみんな憧れるApple Computerの研修旅行。

豪華なホテルに泊まってApple主催のパーティに参加し、Appleに関する知識を競い合うご褒美旅行である。

そのもっとも憧れる’94 Apple Partner Award Tour(ハワイ研修旅行)が私の勤める事業所に決まったとき、事業部長は私ではなく別の社員を行かせようとした。

それを知った時は愕然としたが、招待してくれた当時Apple Computer総代理店のキヤノン販売に出向いて状況を説明した(直訴した)。

当時のキヤノン販売部長が私の勤める事業所に電話をして
「福井くんが行かないと意味がないのです。これは貢献度と期待値なんですよ。」と言ってくれたところ
「たとえキヤノンさんでも他社の人事や采配には口を出さんでくれ。」と当事業部長は言ったらしいが、最後には折れたらしく私が行けるようになった。

8〜9名のチームでAppleの知識と試験を受けて勝ち抜いたHチームのリーダーが私。

(このあと面子を潰された事業部長からは今で言うところのパワハラをガンガン受けたが、な〜に、全く気にならなかった。)

嫌いなことは金を貰っても絶対にやらない。
好きなことは無報酬でもやる。(“も”だぜ、貰えれば尚良し)

自分のことを天才だと言っているわけではない。
ADHDの片鱗はあったんだよなあ。たぶん・・・・・・(^^)

変わり者関連:オレはへそ曲がり殴る先生

※この話に関連したデイリー新潮のリンク