還暦前の同窓会は媚薬:その3(レボリューション)

中学生の頃の事を今はほとんど覚えていない。
バイクで衝突事故にあったこともひとつの要因ですが、もうひとつの理由はあの頃の僕は人と関わるのを避けていたことが原因です。
小学校の頃には特定の男子から仲間ハズレにされたこともあったし、自分の中で人の好き嫌いがとても激しいのが判っていたから。
それを隠してお付き合いが出来なかったこともあります。
それが中学生・高校生と更に強くなっていました。
商業デザインを学んだ浪速短大と大阪芸大の時にはその気持はほとんど出て来ませんでした。
たぶん、同じ方向性を持っている人達とはある程度馴染んで生きて行けるようだと思ったものです。

24歳から勤めだしたらまた自分の中の「好き嫌い」がしっかり顔を出しました。幸い、内勤というか現場でしたので、人と話さえしなけりゃ怪しげな気分屋の性格も表沙汰になることもなく12年あまり過ごしました。
コンピュータの世界に入った頃は生き馬の目を抜くような世界でしたので、隙があれば先を行かれるし、駆け引きと抜け駆けの混ざり合った特殊な世界でした。
そういう中ではストレスを感じる人はドロップアウトして行きますが、僕は尖っていましたのでそんな世界も微妙に気に入っていたのも確かです。
「良いとか悪いよりも好き嫌い」で物事を判断していました。

44歳の頃に独立して自分で会社を作って(ショボいけど)仕事を始めた頃には自分の中で何かが違うと思いだしてました。
尖ってはいたけれど人を見下したり傲慢になったりしたことはありません。
むしろ年下の方たちとのお付き合いが多かったので、自分の中の感情をその方たちの年齢まで下げていたように思います。
ですからどんな人にも呼び捨ても君付けで呼んだこともなく、その頃に人の名前を呼ぶ時は誰でも「◯◯さん」

ああ、また話が飛んじゃった。
同窓会の話しでした。
城森から「同窓会を5月に開催するからセイジ、必ず来いよ。」と言われていました。
最初はヤだなあ、同窓会と聞けばあの頃に好き嫌いで物事を考えていた自分が出てくると思ったのです。
開催日はひと月後に迫った頃、ネットの掲示板に書き込むようになりました。
書き込みをされている女性が話題にしていた塾の写真を持っていたのでアップロードしたことを書き込みました。4月20日のことです。
写真を見てコメントを書き込んでくれた女性の全員を知っていましたが、誰とも話をしたことがありません。
もちろん彼女たちも僕のことは全く知らなかったと思います。
それだったら同窓会の会場に行って初めて話しをするのも良いかも?と思いました。
そう考えるようになったら同窓会に行くのが楽しみになってきました。

そして5月4日、同窓会の日がやって来ました。
会場に付いてからの話は最初に書いたとおりです。