NIKKOR−UD 20mm f3.5とNIKON Df

何も言うことがないほど似合っているNIKON DfとNIKKOR-UD 20mm f3.5。

40数年前に戻って眺めているのも良し。

当時はフィルムでの撮影だが現在のデジタルカメラでの写りも試してみたい。

あの頃のプロフォトグラファーの篠山紀信や大倉瞬二や細江英公が好んで使っていたレンズなのでカメラ小僧というには齢を食っていたが妙に気になってしょうがなかった。

でも手に入れたのは還暦も過ぎた今である。

試してみるのが楽しみだね。

と言うわけでちょっとだけ三脚に固定した状態で開放のF3.5からF22まで撮影してみた。

周辺光量の低下は開放絞りのF3.5で顕著だが、絞りを5.6以上に絞れば問題なくなる。

画質の変化もほとんど見られず安定した描写だ。DSC_0470


“ニコン UDニッコール 20mm F3.5 Ai”が届いた

Collage_Fotor8月22日月曜日の午前10時18分にクロネコヤマトがポストに不在通知を投げ込んだ。

施餓鬼でお寺に行っているあいだにクロネコヤマト便の配達が来たようですぐに電話をしてヤフオクで落札した商品を持ってきてもらった。

ドキドキしながらパッケージを開封する。

なんと!傷ひとつ無い(大袈裟ではない)キレイな“ニコン UDニッコール 20mm F3.5 Ai”が入っていた。

これが28,000円で手に入ってビックリ。

ヘリコイドの動きもスムーズでバックラッシュも無く、中古にありがちな不満点は全く無いキレイなレンズである。

早速、三脚に載せたNIKON Dfにレンズを取付けてベランダから撮影テストをする。

ISO100で絞値を開放のF3.5からF22まで順次絞っていた画像を確認した。

開放のF3.5からF4までは周辺光量の低下が見られるがF5.6でフラットになり周辺部の画像の流れも開放から殆ど見られない優秀なレンズである。

傷の付きやすいあの時代のヘリコイドなのに全く傷も擦れもないニッコールレンズを久しぶりに見た。

これで40年間憧れ続けた想いがようやく晴れる。


レンズの話 “ニコン UDニッコール 20mm F3.5 Ai”

Collage_Fotor久しぶりにレンズを買った。

正確にはたったいまヤフオクで落札したところだ。

こんなきれいなレンズが28,000円で落札できた。

“ニコン UDニッコール 20mm F3.5 Ai改造”

このレンズ、1960年代後半のレンズである。

僕が大阪芸大に在籍した1974年頃にはクラスの仲間で持っている奴がいて羨ましかったなあ。

僕がもっていたNIKONの20mmは、このレンズのあとに出た新しい奴。

New Nikkor Auto 20mm F4 と言われたヤツでフィルター径が52mmのもの。

もちろんマルチコートされた設計で写りは良いはずなのだが、この旧型の72mmフィルターを使う大きめのレトロフォーカスレンズが何故か魅力的に見えていたのである。

ニッコール千夜一夜物語にその辺の詳しい話しが載っている。

あれから40年が経った。

ヤフオクに出品されることも度々あるニコン UDニッコール 20mm F3.5はAi以前のレンズなので、NIKONでAi改造されていないものも多い。

今でもニコンサービスセンターでAi化をやってもらえるなら別だが、20世紀末でAi改造サービスは終わっている。

Ai化が始まったのは1970年代だから30年近くもサービスを続けてくれたニコンは素晴らしい会社だが、流石に今ではAi化するのは不可能。

それならAi化されたレンズを探すしかないが、なかなか良品は出てこないものだ。

たまに出てきても価格がべらぼうだったり、外観が傷まみれだったりするとそれだけで興ざめである。

今回ヤフオクで落札したものは写真で見る限り綺麗な状態に保たれているようでとても楽しみなレンズだ。


50mm色々

NIKON Dfには50mmのMF標準レンズがよく似合う。

と書いたけど、今の時代の標準レンズってなんなの?ってことよ。

近頃のデジタル一眼レフに標準で付いてくるレンズを標準レンズと呼ぶならズームなのだろうが、1970年頃の一眼レフで標準レンズと言えば50mmと決まっていた。

ホントに決まっていた。

ズームなんて有り得ない。

だからカタログのトップに載っているカメラの写真に付いているレンズは大口径の50mmが一番格好良かったなあ。

未だにその呪縛から逃れられないとこうなる。

3つの違ったMF50mmレンズを取り付けたNIKON Df。

NIKON Dfに付けるならやっぱり大口径のNIKKOR 50mm f1.2が似合う

やっぱり一番格好いいのはMF50mm f1.2の大口径で決まり。


夕暮れ時には明るいレンズが

DSC_0098 DSC_0101NIKON Dfを買って一度も外に持ち出してなかったのに気づいて夕暮れ時に外に持ちだして撮影してみた。

家のすぐ西側にある元興寺の塔跡と御霊神社を撮影。

光が少なくなった夕暮れ時でも高感度耐性の高いFXサイズ(フルサイズ)のCMOSと相まって50mm f1.2の描写は独特の世界を描き出した。DSC_0073


Micro-NIKKOR 55mm 1:2.8の修理

8月22日に修理に出したMicro-NIKKOR 55mm 1:2.8。

長年使ってきたレンズで一番使用頻度が多かったんではないだろうか?

マクロ撮影のレンズで、近距離だけでなく普段使いのレンズとしてもとても有用なレンズである。

そのレンズのダブルヘリコイドの動きが柔らか過ぎて、レンズを下向きにすると勝手にヘリコイドが動いてピントズレ。ヘリコイドが柔らかいのはまあ許すが、勝手に動くのはダメだろ。

そんなわけでナガノカメラワークに修理を依頼したものが昨日出来上がっていたのを受け取りに行ってきた。

ナガノカメラワークにゆく前にぜいたく豆でおマメさんのお菓子を買ってゆきたかったが、レンズの修理代しか持っていなかったのでレンズを受け取ったあとに立ち寄ることにした。

レンズのヘリコイド修理の費用は5,000円。この価格でヘリコイド修理をやってもらえるのはとても有り難い。

レンズを受け取ったあとは肘塚町にある“ぜいたく豆”さんまでオヤツのお菓子を買いに行ってきた。DSC_0079

今日買ったのはこんなシリーズ。

どんなのを買おうかと迷うのがいつも楽しみなお店である。

春日中学と一条高校の同級生がお店にいるのが判って行きやすくなった。

 


Dfを返却に行ってプラハのおみやげを

小柳さんからお借りしていたNIKON Dfを返却に大和八木にある小柳時計店に出かけていった。時間はお昼前の11時30分に到着を目指して。

実は今日のお昼は小柳時計店にやってくるCGCLUBの頃からの仲良しである竹本っちゃんがどうやら自身の腕時計を購入にやってくると聞いていたので、それも見たかったこともある。

11時40分に到着して小柳時計店の駐車場にクルマを止めた。

お店から出て来られた小柳さん、お医者様のような白衣だったのでどうされたのかと伺ったらSinnからのプレゼントだったとか。とてもお似合いですよ。

お借りしていたNIKON Dfのお礼と古いNIKONの単レンズの話をしていると竹本っちゃんがやってきた。

彼が購入する予定のSinnを見ているあいだにステキなものを小柳さんから頂いた。

時間はすでに13時を過ぎていたので一旦ランチに出掛けることに。

お店の西側にある“たつ屋”である。

前にここで食べたビビンバ定食の美味しさが忘れられずにいたので今日もそれをいただくことに。

お店は満席だったが、10分ほど待ったら二階に通された。パーティションで句切られた席である。

ビビンバ定食は写真を見ていただこう。

IMG_005515時過ぎまで小柳時計店さんにおじゃまして、帰りは海苔の植田商店さんまでスタイラスペンを見せびらかしに・・・・もとい・・・・海苔の注文に行ってきた。

おっと、その前に竹本っちゃんのパートナーの田村さん(アヒル姐さん)からステキなイースターのお菓子“アニョー・パスカル”を頂いた。DSC_0051


NIKKOR 50mm f1.2がやってきた

NIKKOR-S・C Auto 50mm f1.4に続いてやってきたNIKKOR 50mm f1.2。

50mm f1.4は1973年から1974年6月までの2年弱で333,735本作られたうちの1本。

今回のNIKKOR 50mm f1.2は1981年6月から2005年のあいだに141,098本作られたうちの1本。シリアルは250005〜391098。

シリアルが313169。

9枚絞りでヘリコイドの回転角が見直されたAi-Sというタイプ。

レンズにはホコリやカビは見当たらず、少し気になることといえばヘリコイドの動きが軽い事。

もう少し粘りがある重さが好きだが、新品ではないので止む終えまい。

これで50mm〜55mmの標準レンズがPlanarを入れて4本に。

なにに使うねん?

へっ!コレクションですがな。


ニッコールレンズのレンズフードに付いている品番記号

P1010242ニッコールレンズには各種のレンズフードが存在する。

これの識別子となる品番が結構ベタで面白い。

HN-◯◯ ※〇〇は数字

HS-◯◯ ※〇〇は数字

HB-◯◯ ※〇〇は数字

HK-◯◯ ※〇〇は数字

フードに付けられているアルファベット記号に付いて推測してみようと思う。

あくまでも推測を域を出ないのではあるが、最初に付けられているHは間違いなくフードを意味するアルファベットの頭文字である“H”(hood)だろう。

食べ物を意味するフードはfoodであってhoodではない。

次のNやBおよびKのアルファベットは英語あるいは日本語の頭文字だと思われる。

Nはネジをローマ字で書いた時の“N”
なんで英語にしなかったというとネジを英語でスクリュー。Sにするとスプリングと被るからかも。

Sはスプリングのアルファベットの頭文字の“S”
なんで日本語にしなかったというとスプリングは日本語でバネ。Bになるとバヨネットと被るからだろうね。

Bはバヨネットの“B”
なんで日本語にしなかったというとバヨネットの日本語は無いからだろうね。
(バヨネットとはライフルの先端にソケット式に取り付ける銃剣を指す。)

Kはカブセ式フードに付けられた記号なので被せるの“K”
これも“もろ日本語”

推測の域を出ないが、多分間違ってはいないと思う“フードの話”である。


書籍:ニコンの世界

本棚を片付けていたら、こんな本が見つかった。

ニコンが発行していた“ニコンの世界”

初版が1975年2月1日発行・2版1975年7月1日発行・3版1975年11月1日発行の3版目のものである。

発行所は日本工学株式会社 カメラ営業部

書店で販売していたものではなく、カメラを購入した時に付いているユーザー登録のはがきをニコンに送ったらこれが送られてきたように思う。

中に掲載されているレンズやカメラは当時は手の届かないものばかりだった。

1975年の秋(交通事故の慰謝料で)買うことが出来たNIKON F2とモータードライブに付いていたはがきをニコンに送って、送られてきたのがこのニコンの世界。

この時代のNIKKORレンズはAi化されていない時代のもので、ゴムローレットのヘリコイドと金属ヘリコイドが混在している過渡期のもの。

オイラの大好物、ベローズユニットPB-4が販売されていたのもこの時代である。

この本をパラパラめくっていたら55mm f1.2の標準レンズが欲しくなってきた。
(1978年までは55mmで、それ以降は50mmになる)